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無言のまま佇んでいた男達が弾ける様に走り出す。
まっすぐ突っ込んでくる。怖ろしい速度。怖ろしいほどの前傾姿勢。映画を思い出すようなダッシュだ。旋風を巻き起こし、懐から暗闇でも判るほど磨き抜かれたナイフが四本迫る。
だが、俺の前にいる死神は現実だった。怖ろしいほど現実だった。懐から取り出した銀色の回転拳銃が火柱を吹く。銃声は一発にしか響こえない。
脳漿ぶちまけて、先ほどの速度そのまま反転。アスファルトにぶっ倒れた四人の黒服達。薄汚い嘔吐物の匂いと、肉の焦げた匂いが俺の鼻腔をぶん殴るように刺激する。しかし、死神は手を休めない。銀色の回転拳銃がブレイクオープンしたと思った瞬間、回転拳銃に六発の弾丸が満たされた。まるで魔法だ。
だが、マクレガーも只者ではない。ぶっ倒れた黒服の影から投擲された巨大なピンが殺到していた。数は七発。
さらに火を噴く銀色の回転拳銃。だが、全弾丸を撃ちつくしても、最後の一本だけはどうしようもない。だが、死神は慌てる様子も無く、空の銃口を向けて発泡。回転拳銃ではありえない七発目が火柱を噴き、七発目のピンと弾丸が火花を咲かせる。
「へぇっ?」
自称Dr.マクレガーがマヌケ面をしていた。だが、間近にいた俺の眼には、ありえないモノがアスファルトに転がっていた。黒服を殺った四個の薬莢に―――――ピンを弾いた薬莢の数は七個。どう数えても七個。俺の見ている間、六発撃ち尽くし、リロードを終わらせ、銃口を向けて撃つ―――――じゃ、今、回転拳銃に満たされている弾丸数は?
「ふん」
鼻を鳴らし、引き金をしぼった。放たれた弾丸は、定規で測ったようにマクレガーの眉間に小さな弾痕を。後頭部は弾丸の蹂躙に耐え切れず、ヘンタイの脳漿をぶちまけ、路地に赤を彩らせた。
「―――――」
鮮やかな手際―――――今目の前で行われたファンタジーが、リアルに木っ端微塵。まるで草を刈るように化け物どもは怪物に殺られた。だが、死神は鼻を鳴らした。
「立ちな。変態」
―――――死神の一言により、裏路地の空気が変わる。眉間に風穴開いてやがるってのに立ち上がるか、普通!
「ちょっと、油断しちゃったよ。ユプシロンちゃんってば、オイタが好きなんだね? 気が合うかも?」
額の穴から垂れ流れる脳腫を舌舐めずりるマクレガー。擬音が出そうなほど、そいつの顔は笑っている。いや、違う! 本当に骨と肉から音を出しながらだぞ!? 額の穴が耳障りな音を立てながら、文字通り気違い野郎は変態! 俺は酔っているのか? 何でこいつの身体が蠢いているように見えやがる!? ギチギチって音を立てながら身体が肥大化してやがる!?
「鞭で逝きたいってか? まったく…………美学がねぇ」
手招きする死神に俺は振り向いて、恐慌そうになる! 全身から放射する殺気が今までの比じゃねぇ! 殺し屋なのに気配を殺すことをしないのかよ!? それで殺し屋家業が務まるとでも!?
頭が割れそうになる! 胃に手を突っ込まれて雑巾みたく絞られるような激痛にも! それに排気ガスと薄汚い空気でも良いから! 俺は今、呼吸がしたい! 頼むから息をさせてくれ!?
「いやいや、可愛い女の子の懇願が大好きなんだよ。この主導権は譲れないな? いくらユプシロンちゃんの頼みでも………」
もうマクレガーの姿は人じゃねぇ! ヒグマ並にデカイ毒蜘蛛となり、ケツの穴からアスファルトを溶かす白濁の液体を垂れ流してやがる。悪臭どころから、見っとも無く涙を流して胃の中のモノ全てぶちまけてしまいたい。
そこで―――――携帯電話が鳴り響く。姿も中身も化け物なマクレガーを前にして、電話に出る死神のクソ度胸に目玉が飛び出そうなる。
「うん? あぁ。お前等もか? 解った。全員一致か?」
そう言って、電話を切った瞬間、閉じていた双眸がゆっくりと開かれる。
「俺の美学にも反するしな?」
死神の声音が変わる………えっ!? 身長が変わってないか? 髪の色が変わっていないか? 女の子から二五前後の男になってないか? 何より………あのバカデカく、女の子の手に余っていた回転拳銃がすっぽりと収まっていないか!?
「何だよ!? 何だ!?」
アスファルトはもう蜘蛛の巣が張られ、溶解してグシャグシャの黒服達は養分となり、蜘蛛の糸が脈動しながらマクレガーの身体―――――蜘蛛は口腔を用いずとも、死体を租借していた。
グシャグシャ―――――べチャべチャ、クチャクチャと。
「ハァン………悪食だぜ」
低い………男の声に俺は顔を向ける―――――そこにいるのは、俺の身長とそう大差の無い男だ。だが、内側から放射する魂とでも言うのか………そいつは紛れも無く死神であり、殺し屋たる男だ。
この異常な空間、異常な怪奇現象の真っ只中で、男の足元だけ蜘蛛の巣は遮断されたように………そこだけがアスファルトとして存在している。
男は小さく鼻で笑いながら銀色の回転拳銃をスピンさせる。
「デザートを喰れてやる」
轟音吐き出す火柱。一発の銃声しか聞こえない。
だが着弾音ってヤツか!? 甲殻に赤い火花がデカデカと咲きやがる! だが、化物蜘蛛には傷一つついていない! ケタケタと横に広がる口で哄笑しながら、嬲り殺すための演技だろう―――――じっくり、ゆっくりと俺らがションベンちびって泣き入れた所で、殺しててくるつもりなんだろ!?
「ケッ」
死神は鼻で溜息。見下げ果てた眼のまま、リロードのためブレイクオープン。そして薬室に瞬く間に弾丸を込める―――――しかし、今度は両眼で追える速度だが、異常だ。残像がはっきりと視認出来るなんてありえねぇ。ビデオの早回しのように込め、回転弾倉に満たされた。
回転弾倉を軽快にスピンし―――――
「おかわりだ」
嘯く死神。冷笑を零しながら一部のズレもなく弾丸は殺到。だが、あの蜘蛛の甲殻が貫通できるとはさすがに思えねぇ! あれは化け物。ロケットランチャーでも心細くなっちまうような化け物だ。そんな化け物に対して回転拳銃なんて死亡決定に決まっている。
脳裏に浮かぶのは化け物に租借される死に様………あぁ―――――こんな化け物を前にして奇跡なんて起きやしねぇ。
俺は心の中で何度も祈った。助けてくれるなら、悪魔でもいい。
「終わりだ」
銀色の回転拳銃をブレイクオープン。そのまま薬莢をアスファルトに落として新たな弾丸を込め、ホルスターに戻すユプシロン。この状況が見えねぇのか?
甲殻の化け物蜘蛛の複眼はギラギラしている。今にも口腔を開けて、俺の頭から喰い殺そうとしている。
「良く観察ろ」
言われ蜘蛛を―――――ヒグマすら獲物にしそうな蜘蛛の複眼と複眼の中央に、穴があった。眼を凝らし、眼を擦っても消えない。幻覚じゃなく、本当に四五口径の弾痕から青い汁がドクドクと脈打ちながら滴り落ちている。そして、そして………それだけじゃねぇ。弾痕は確かに一発。
だが、この化け物蜘蛛の頭から胴体を一直線に貫通していやがる。それも、後方に肉塊を盛大にぶち撒いている。
何故? と、思った時―――――俺はすぐに先ほど落ちた薬莢へ眼を凝らした。
予想は出来る………だが、いや、そんなことは人間じゃ無理だ。無理に決まっている。
一発目のフルメタルジャケットで甲殻を貫通、二発目はホローポイントを仕込み、甲殻貫通部分にマッシュルーミングの運動エネルギーを狙って化け物蜘蛛の脳味噌をズタズタにし、三発目はさらに破壊力重視でリード弾をぶち込み、残りに四五口径マグナム弾を盛大にぶち込んで一本の杭で穿つように………なんて、ありえねぇ。そんなことが目の前で起きたなんて、思いたくない。
怪物が赤子に見えてしまう、回転拳銃の死神。
「さて―――――商談をはじめよう」